第21回 「日本神話〜剣のお話」  平成30年9月29日(土) 13:30〜15:30

 日本神話の中にはいくつかの剣が登場します。タケミカヅチ神やフツヌシ神の誕生に関わるアメノオハバリ。スサノウ命が大蛇を退治したアメノハバと大蛇から出てきたアメノムラクモノツルギ。神武東征で降臨したアケミカヅチ神の剣フツノミタマノツルギ。これらのストーリーを追いながら、日本神話における剣の役割などを考えてみたいと思います。

第20回 「古事記〜神代のお話」  平成30年8月26日(日) 13:30〜15:30

『古事記』という古代の書物の名はよく知られていますが、その内容はと聞かれて思い浮かべるのは「天の岩戸」や「ヤマタノオロチ退治」などの断片的なエピソードではないでしょうか。そこで、『古事記』の内容を初めて聞く方にもわかりやすいように紹介してみようと思います。今回は天地ができる「天地開闢(かいびゃく)」から神武天皇の即位までを扱います。『古事記』が伝えたかったことやその背景といった研究的なものではなく、日本神話のお話し(ストーリー)を知っていただくという点に絞って進めます。

 
第19回 「鹿島神宮散策」 平成30年5月20日(日) 13:30〜15:30

 鹿島神宮の境内を散策しながら、それぞれのお社の神々のことや神宮の成り立ち、お社の位置や方角などについて、これまでの「つれづれ草」の解説から紹介していきます。
 雨天の場合は、ココシカにて「謎だらけの鹿島神宮」の解説をします。
 ココシカに13:30に集合して出発します。

 

第18回 「日本という小さな国があった」 平成30年4月22日(日) 13:30〜15:30

945年に成立したとされる『旧唐書(くとうじょ)』、1060年成立の『新唐書(しんとうじょ)』のそれぞれには、小さな国「日本」のことに触れている。そして、日本書紀には、神武31年4月に「虚空(そら)見つ日本の国」とある。「日本」という国はどのように始まったのだろう。素朴な疑問を解いてくれるヒントを探してみたい。


第17回 「私たちのルーツは縄文?弥生?」 平成30年3月11日(日) 13:30〜15:30

 狩猟生活を主とする縄文時代は稲作を生活基盤とする弥生時代へと移る。そのように知り、縄文人に弥生人がとって替わったという認識で受け止めてきたのではないだろうか。はたして私たちの祖先は弥生人なのだろうか。そして弥生人はどこからきたのだろう。そもそも縄文人もどこから来たのだろうか。このことをもっと遡って人類の始めの足取りから見直すことで伺うことができるのではないだろうか。



第16回 「バビロン捕囚こぼれ話」 平成30年2月4日(日) 13:30〜15:30

 日本のはるか西、地中海に面した地に中東がある。ユダヤ教、イスラム教、キリスト教などの宗教を生活思考の柱とする民族が複雑に混じり合っている地だ。そして、東の中国と同様に5,000年以上の歴史を有している。今回取り上げる「失われた10支族」は、ユダヤ教成立前後の時代の事がらで推測の域をでないものである。しかし、日本の歴史と世界の歴史は何らかの繋がりがあり、日本はその影響を受けながら独自の文化へと発展させてきていることから、この「10支族」の影響も何かはあるのではいかと想像してしまう。

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第15回 「鬼とは」 平成29年12月3日(日)

 鬼は、日本では邪悪なもの、避けるべきもの、退治すべきものとしてあるのではないでしょうか。昔話しや縁起ものにはよく登場し、角を生やし虎の皮をまとい、金棒をもった姿は時に面白可笑しく描かれてきました。そういった意味でも鬼は日本の風土にしっかり馴染んだ存在となっています。しかし、本来の「鬼」はどのようなものなのでしょう。鬼の誕生はいつ、どこからか。そして、どのように日本に入ってきたのか。「鬼」のとらえ方についてアプローチしてみます。


第14回 「もうひとつの天孫降臨」 平成29年10月29日(日)

「天孫降臨」は神代において瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が、高天原より高千穂の峰に降られた話として有名です。そして、その後の「神武東征」のなかで、饒速日命(にぎはやひのみこと)という方が登場します。この饒速日命は瓊瓊杵尊の兄にあたる方で、瓊瓊杵尊よりも前に降臨をされているのです。これは何を意味しているのでしょう。さらに『常陸風土記』の中にも別の「天孫降臨」がうかがえます。
いくつもあったかもしれない降臨伝説にアプローチしてみます。

第13回 「物忌様」 平成29年9月17日(日)

 伊勢神宮をはじめとして香取・鹿島・春日・賀茂などの神社には物忌(ものいみ)と呼ばれた者がいました。鹿島神宮の初代物忌は、神功皇后の娘の普雷女(あまくらめ)であると伝えられ、現在の跡宮の付近に物忌館があって居住していたようです。物忌とはどのような役目であったのでしょう。どのような者がその職に就いたのでしょう。そこから古代の人々の考え方に触れられればと思います。


第12回 「タケミカヅチ大神」 平成29年8月6日(日)
 鹿島神宮の御祭神タケミカヅチ大神は、「建御雷神」または「武甕槌神」などの文字で書かれる神です。古事記や日本書紀に登場し、『国譲り』・『神武東征』の重要な場面で活躍された神です。日本神話のなかでもひときわ目立つ存在であり、後に藤原氏の氏神として、また、「勝負の神様」として現在においても多くの崇敬をうける大神について、古事記・日本書紀を紐解きながら再認識していけたらと思います。


第11回「東国における親鸞聖人〜稲田草庵を中心として〜」
平成29年7月9日(日)会費500円

 鎌倉時代の僧親鸞は、法然のの教えを広め、浄土真宗の宗祖とされる。常陸の笠間に庵を構えて約20年にわたりその布教活動を続けている。鹿島へも足を運んだという伝えもあり、東国における活動の内容や考え、その影響については学ぶべきものが多いと思います。聖人が建てた庵は稲田禅房として今日まで引き継がれ、その門下の方を講師に迎えての当講話は、貴重なお時間を参集の方々にご提供できるでしょう。

 
第10回 「方角からみた鹿島神宮」 平成29年7月2日(日) 13:30〜15:30

 古来、暦や方角に用いられてきた「十二支」。現在では「干支(えと)」として、誰もが知っているものです。これは、中国から伝来して日本独自の発展を遂げながら、長くこの国の政治と暮らしに生き続けてきました。「五行十干十二支」のしくみと「陰と陽」について、基礎的な知識を知り、古代人の考え方に少しでも近づく理解が得られればと考えます。さらに、その理解から鹿島神宮を見直すとどのような姿を見ることができるか、アプローチしてみたいと思います。
 

第9回 「北を向く神宮〜鹿島神宮はなぜ北向きなのか〜」 平成29年5月28日(日)

 およその神社は東から南に向けて建てられている。しかし、鹿島神宮は古来北向きのお社である。そして、神宮という名称で北を向くお社は鹿島神宮と北海道神宮くらいかもしれない。では、鹿島神宮はなぜ北向きなのか。鹿島のお社の基本的な疑問についていくつかの視点からアプローチしてみたい。

 
 
第8回 「鏡石」 「鏡石」 平成29年2月19日(日)


 鹿島神宮の本殿の後方に不思議な石があります。直径80cmほどの平らな形をしていて「鏡石」と呼ばれています。ふだんは一般には入れないようになっていて人目につくこともなく、鹿島神宮の七不思議のひとつ「要石」に比べれば知る人ぞ知る石といえましょう。この石は何を目的に作られ、ここに収められたのでしょう。それを知る手掛かりは少なく、想像の域をでることはありませんが、いくつかの視点からのアプローチを試みてみたいと思います。
 
 
第7回 「壬申の乱」 平成28年12月11日(日)

 645年の乙巳の変に始まった政治改革「大化の改新」は、私地私民から公地公民を柱とする国家建設を目指すものとなりました。これは天智天皇をリーダーとする新しい考えの政策集団によって強力に推し進められました。そして、各個に独立していた豪族たちは、律令制度という法の下に国家の中に組み入れられ、これまでの集合体的な「倭国」から中央集権の様式をもつ「日本国」へと変貌していくことになります。そのような中、672年に「壬申の乱」がおきました。壮大な国づくりの過程にあっておこったこの出来事を中心に、日本国の建設の背景を探ってみたいと思います。回 

 

第6回 「乙巳の変(大化の改新)」 平成28年10月30日(日)

「む6じ4こ5のひなし大化の改新」と誰もが知っているのが645年大化の改新でしょう。年号制を導入した最初の年号が「大化」で、その後の政治改革を「大化の改新」といいます。この発端となった645年6月12日におきた出来事は「乙巳の変(いっしのへん、おっしのへん)」といいます。蘇我入鹿が中大兄皇子や中臣鎌足たちによって暗殺され、入鹿の父蝦夷も自害して蘇我氏が滅亡。日本は律令制による国家づくりへと歴史の舵をきり直した出来事です。その背景と「壬申の乱」までの動きを理解しながら登場人物の人となりに迫れたらと思います。

 

第5回 「蝦夷」 平成28年9月24日(土)


 日本の古代に耳を傾けるとき、倭人とは異なる部族の菜が登場する。蝦夷(えみし)や熊襲(くまそ)、隼人(はやと)などなど。彼らはこの日本にあってどのような存在であったのだろうか。常陸国風土記にも佐伯(さえき)とか国巣(くず)と呼ばれる者たちがいた。ヤマトの国づくりのなかで消えていったこれらの者たちを知る手がかりはないものだろうか。
 

第4回 「香島と香取」 平成28年8月27日(土)

 常陸国風土記に香島郡の条がある。「そこに鎮座する天つ大神の社と、坂戸の社と、沼尾の社の三つをあはせて、香島の天の大神と称へた」とある。香島はやがて鹿島と呼ばれ、香取と並んで神宮の名をもつ社の地となった。古代において香島と香取はどのような立場にあったのだろう。香島と鹿島と鹿嶋。この呼び名の不思議をたとどりながら香島と香取の謎について考えてみたい。

 

第3回 「邪馬台国と卑弥呼」 平成28年7月9日(土)

 邪馬台国はどこにあったのでしょう。九州説や機内説。はたまた南海説などなど。そして、この国の女王「卑弥呼」とは。日本の古代史の中でもっともステリアスな部分であると言えましょう。これは、記録となる書物がほぼ皆無に等しい「謎の4世紀」が存在するためです。この間に邪馬台国は姿を消し、銅鐸・銅鐸・鏡などの道具も埋められてしまいます。歴史は巨大な古墳時代から復活します。いったい何があったのか。

 

第2回 「古事記、日本書紀、常陸国風土記って何?」 平成28年6月4日(土)

 日本の古代を知るための希少な資料『古事記』、『日本書紀』。そして、郷土鹿島を著わす『常陸風土記』。歴史の授業でその名前は耳にし、日本神話が書かれていることはよく知られていると思います。この三書の成り立ちや特徴について、わかりやすく解説したいと思います。研究的な解説はできませんので、ごく一般的に知られていることをまとめた入門ものです。お気軽にご参加ください

 

第1回 「鹿島の神々 ほんとの入門編 」 平成28年5月7日(土)

 鹿島神宮の境内にある摂社・末社の御祭神を紹介しながら、古代神話における神々の繋がりを考える。